2018.08.02  「わたしが見ている世界」

 

 

「この世界って、どんなところだろう?」

 

新しく生まれてきた子どもたちに、あなたはどんな風に伝えたい?

 

 

 

この世界は、たくさんの可能性がある世界だよ

 

 

 

この世界には、たくさんの楽しいことがあるよ

 

 

 

人生には、おもしろいこと、ビックリが詰まっているよ

 

 

 

応援するから、精一杯生きてみようよ

 

 

 

 

まあ、できたら、「よく来たねえ!歓迎するよ!!」と言ってあげたいよね。

 

この世界って、あなたが説明するような世界かな?

それとも、そうじゃないのかな?

 

たぶん、私たちが「そのように」生きていると

世界も「そのように」なるんじゃないかな?

 

「つらいねー、つらいねー」という人から見た世界は「つらい世界」だし、

「がんばらないと、生きる資格がない」という人から見た世界は「頑張りが必要な世界」。

 

人生いろんなことはあるけれど、

そんな中でも、安心して夢を語り、愉快に美味しいものを食べ、心を躍らせて恋を語れる。

 

私は、そのような世界をつくりたい。

 

私は、そのように生きていきたい。

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2018.07.25 「玉ねぎの皮」
「玉ねぎの皮」を剥きはじめると、どこまでいっても皮・皮・皮。
自分を見つめるって、玉ねぎを1枚1枚剥いていくようなものだなと思います。​
いつまでたっても、新たな自分(皮)に気づく。
このテーマはもう終わったと思っても、まだ皮があった!ということが起きる。
それでも、続けていくと
誰もが「思うような自分になれる」ということをお伝えしたいと思うのです。
それは、手軽に手に入るものではないけれどね
北鎌倉の円覚寺、横田老師が
「修行しても、暑いものは暑い、寒い時は寒い。」と仰います。
そうか、老師でも、夏の暑さ、冬の寒さは感じるのか、と。
老師でもそういうことがあるので、
私たち俗人は、怒ったり、悲しんだり、不安になったり、いろんな気分に左右されて生きています。
あーあ、私って何やってんだろう?という気分にもなります。
それでも「思うような自分になれる」。
「思うような自分になれる」って、自分の本当の願いを実現している姿だと思います。
実は、私たち日々の生活に忙しく、今の延長線上にしか自分を想像していません。
生まれたときには、たくさんの可能性があったはずなのに、なんてことでしょう!
 
一旦立ち止まり、「玉ねぎの皮」を剥くように、自分の表面の皮を1枚1枚剥いていくと
自分の奥底にある「本性」、または「本当の願い」のようなものが皮の向こうに見えてきます。
本当の願いがわかるって、
選択肢があるときにどの道を選ぶか、そのためのコンパスを手に入れるようなもの。
もし環境や外的な条件(お金がない、知識がないなど)に障害があっても、
その向こうの願いが見えるので、乗り越えたり、迂回したりすることが容易になると感じます。
それは、悟った人が暑さ寒さを感じても、それに囚われない様子に似ています。
おそらくこの文章を読んでいる方は、何かに呼ばれて、ここに到達したはずで
もしかすると、すでに自分の表皮を剥いている人もいるかもしれないし、
これから恐る恐る、向き合うのかもしれません。
程度の差こそあれ、「奥底にある本当の自分」とか「本当の願い」を探しているのではないでしょうか。
もちろん、それは「ある」のです。
あなたに見つけてもらえるのを、今か今かと待っているけど
ちょっと臆病なので、手を大きく広げて合図をしてくれません。
気長に、自分の中の小さな声に耳を澄ませるしかないようです。
「入口あれど、出口なし」
玉ねぎの皮は剥き始めるとしばらく続きます。
剥くときは、涙がでるしね。
でも「剥いたと思ったら、また皮があった!」と気づくのが、イタ気持ちよくなります。
私にとって、7月は絶賛・玉ねぎの皮むき月間でした。
​​「ちぇ、目は痛いけど、気持ちいいっ!」

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